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zoom RSS 江戸参府で京都漱石の會講演会を聴く

<<   作成日時 : 2009/12/29 16:09   >>

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 私が京都を訪れたのは十回を超え、数だけは夏目漱石より多い。その殆どが散策など足を使って京都を観るためで、今回もそれに類する目的で訪れることになった。
 京都漱石の會を主宰される丹治伊津子様とは、ふとしたことがきっかけでご縁ができた。丹治様は、インターネットで伝統文化コミュニティ「椿 わびすけの家」を運営されておられる著名人である。六年ほど前、偶然、私のホームページが「芭蕉DB」を運営されている伊藤洋先生のリンク集で隣り合わせしたことから、野良猫まがいに隣家に無断侵入して覗き見を重ねるうち、日本語の美しさを発見し、また、夏目漱石の記事などに興味を持つようになった。
 そのうち、たびたび侵入する野良猫を寛容に見ておられた猫好きのご主人から声がかかり、以来、インターネットを通して交流させて頂いている。また、京都漱石の會にも入会させて頂いた。

 私は友人たちと、日蘭通商開始と平戸オランダ商館開設の四百周年を記念した日蘭交流イベント「江戸参府ビッグウォーク2009」を企画した。当行事はオランダ人三人と日本人三人が、日蘭友好親善大使として長崎県平戸から東京日本橋まで各地で日蘭交流しながら歩く駐日オランダ王国大使館公認イベントで、京都を経由する。
 京都三条大橋に四月十一日に到着する日程であることを丹治様にお知らせしたところ、偶然にも当日は京都漱石の會の定例研究会として「夏目漱石ゆかりの半藤一利・松岡陽子マックレイン講演会」があり、私たちを歓迎して下さるとの返信を頂いた。過密スケジュールではあるが、是非、講演会を聴講させて頂きたいとの思いで計画に加えた。

 江戸参府は三月十四日に平戸を出発し、各地で予想を超える歓迎の中、日蘭交流が続きつつ三十日に愛媛県の松山に到着した。
 松山では、半世紀にわたる歴史を持つ夏目漱石研究会「松山坊っちゃん会」と交流し、坊っちゃんや夏目漱石の史跡を訪ねる「坊っちゃんウォーク」を行った。同会は、丹治様の紹介を通じて頼本会長が快く引き受けて下さった。
 三年前に坊っちゃん創刊百年を記念して同会が建立した「漱石 坊っちゃん之碑」前に着くと、頼本会長始め会員や観光協会の方など大勢の皆さんが歓待。会長直々の案内で、漱石と子規が約五十日間同居した愚陀佛庵、漱石が教鞭をとった松山中学校跡や山城屋のモデルきどや旅館跡などの史跡を巡り、同会が毎月行っている読書会の会場である「喫茶坊っちゃん」で休憩のあと、食堂で定食「坊っちゃん」を食し、最後は坊っちゃんが赤いタオルをぶらさげて通った道後温泉本館の湯につかり一日の汗を流した。

 四月十一日、予定通り京都漱石の會講演会当日を迎えた。この日は京都府ウォーキング協会の案内で京都・中書島を出発し、途中名所旧跡などを立ち寄る計画となっていたが、数時間短縮して頂き三条大橋に到着。講演会会場の同志社女子大学純正館へタクシーで駆けつけ、開演に間に合わせることができた。
 入り口の壁面に「江戸参府ビッグウォーク」と大書された歓迎横幕が白壁に貼ってある。多忙の中での會の心遣いに深謝。
 階段式の講演会場には既に大勢の聴講者が入場していた。
 最初の講演者は夏目漱石のお孫さんの松岡陽子マックレインさん。演題は「比較文学から見た則天去私」。八十四歳の高齢とは思えぬ張りのある声での一時間三十分の講演は束の間の凝縮した時間だった。副題は「J.オースティンとO.ゴールドスミスの作品から影響を受けた漱石の作品と人生」で、イギリスの二人の作家の作品が、漱石の作品と人生に与えた影響を、比較文学の研究者の視点で論じた講演であった。
 漱石の最晩年のことば「則天去私」や、漱石が『文学論』において、オースティンについて「Jane Austenは写実の泰斗なり。平凡にして活躍せる文字を草して技神に入る」と絶賛していることなど、多少読んでいたこともあって興味深く拝聴した。
 なお、會のご厚意で通訳として京都漱石の會会員のマイケル・ジャメンツさんが隣席で待ち受けておられ、オランダ人三人に英語で解説してくださった。が、私より若く漱石文学にうとい彼らに、則天去私の概念は難解だったことと思う。私は無礼にも講演中に席を立ち写真撮影などをさせて頂いた。お陰で半藤一利さんが最後部席で聴講されているのを発見した。

 ところで三人には、松山での「坊っちゃんウォーク」、京都での半藤一利さんの講演「坊っちゃんを読む」に備えるため、事前に「坊っちゃん」を読み予習してもらうことにした。オランダでは「坊っちゃん」のオランダ語訳本は入手が困難で、私がアラン・ターニー訳の英訳本"Botchan"を入手、二週間ほどかけて英訳版コンテンツを作成してホームページに掲載し、彼らに読んでもらった。残念ながら当日は次の予定があったため、半藤さんの講演を聴講することができず中座することになった。
 慌ただしい一日であったが、丹治代表に初めて対面でき、また、千載一遇のマックレインさんの講演を聴講できただけでも幸運だった。江戸参府も無事、予定通り五月十二日に日本橋に到着した。

 私は、琵琶湖側の坂本から山道を登り叡山越えをして京都の街に入ることが何度かあったが、虞美人草の冒頭で甲野さんと宗近君の二人が上った登山道は未踏である。
機会があれば一度探訪したいと考えている。京都での漱石の足跡をたどるのも面白い。また楽しみが増えた。
私はまだまだ私欲が旺盛で則天去私の心境にはなれない。

  北山雅治

  京都漱石の會会報 虞美人草 第4号 より転載



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