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zoom RSS 名作とともに 夏目漱石『虞美人草』 漱石記念碑除幕式と保津川下り    

<<   作成日時 : 2011/05/07 18:50   >>

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第七回京都漱石の會定例研究会に参加した。

川開きの日に「夏目漱石明治40年春保津川清遊記念碑」除幕式のあと、夏目漱石の名作『虞美人草』とともに保津川下りを楽しんだ。





名作とともに


『虞美人草』


夏目漱石







・・・・・・

 浮かれ人を花に送る京の汽車は嵯峨(さが)より二条(にじょう)に引き返す。引き返さぬは山を貫いて丹波(たんば)へ抜ける。二人は丹波行の切符を買って、亀岡(かめおか)に降りた。保津川(ほづがわ)の急湍(きゅうたん)はこの駅より下(くだ)る掟(おきて)である。下るべき水は眼の前にまだ緩(ゆる)く流れて碧油(へきゆう)の趣(おもむき)をなす。岸は開いて、里の子の摘(つ)む土筆(つくし)も生える。舟子(ふなこ)は舟を渚(なぎさ)に寄せて客を待つ。




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丹波行の切符を買って亀岡に降りた   電車で亀岡へ



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外は季節外れの雪景色



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保津川の急湍はこの駅より下る掟である   亀岡駅で受付



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川下り場へ



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漱石記念碑前



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この日は春の川開き



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漱石記念碑除幕式が始まった



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京都漱石の會の手で除幕





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保津川太鼓に送られて



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新乗船場から一番舟が出発



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一番舟は六艘




「妙な舟だな」と宗近君が云う。底は一枚板の平らかに、舷(こべり)は尺と水を離れぬ。赤い毛布(けっと)に煙草盆を転がして、二人はよきほどの間隔に座を占める。
「左へ寄っていやはったら、大丈夫どす、波はかかりまへん」と船頭が云う。船頭の数(かず)は四人である。真っ先なるは、二間の竹竿(たけざお)、続(つ)づく二人は右側に櫂(かい)、左に立つは同じく竿である。




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京都漱石の會は二番舟




 ぎいぎいと櫂(かい)が鳴る。粗削(あらけず)りに平(たいら)げたる樫(かし)の頸筋(くびすじ)を、太い藤蔓(ふじづる)に捲(ま)いて、余る一尺に丸味を持たせたのは、両の手にむんずと握る便りである。握る手の節(ふし)の隆(たか)きは、真黒きは、松の小枝に青筋を立てて、うんと掻(か)く力の脈を通わせたように見える。藤蔓に頸根(くびね)を抑えられた櫂が、掻(か)くごとに撓(しわ)りでもする事か、強(こわ)き項(うなじ)を真直(ますぐ)に立てたまま、藤蔓と擦(す)れ、舷と擦れる。櫂は一掻ごとにぎいぎいと鳴る。
 岸は二三度うねりを打って、音なき水を、停(とど)まる暇なきに、前へ前へと送る。重(かさ)なる水の蹙(しじま)って行く、頭(こうべ)の上には、山城(やましろ)を屏風(びょうぶ)と囲う春の山が聳(そび)えている。逼(せま)りたる水はやむなく山と山の間に入る。帽に照る日の、たちまちに影を失うかと思えば舟は早くも山峡(さんきょう)に入る。保津の瀬はこれからである。




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ぎいぎいと櫂が鳴る



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櫂は一掻ごとにぎいぎいと鳴る




「いよいよ来たぜ」と宗近君は船頭の体(たい)を透(す)かして岩と岩の逼(せま)る間を半丁の向(むこう)に見る。水はごうと鳴る。
「なるほど」と甲野さんが、舷(ふなばた)から首を出した時、船ははや瀬の中に滑(すべ)り込んだ。右側の二人はすわと波を切る手を緩(ゆる)める。櫂(かい)は流れて舷に着く。舳(へさき)に立つは竿(さお)を横(よこた)えたままである。傾(かた)むいて矢のごとく下る船は、どどどと刻(きざ)み足に、船底に据えた尻に響く。壊(こ)われるなと気がついた時は、もう走る瀬を抜けだしていた。
「あれだ」と宗近君が指(ゆびさ)す後(うし)ろを見ると、白い泡(あわ)が一町ばかり、逆(さ)か落しに噛(か)み合って、谷を洩(も)る微(かす)かな日影を万顆(ばんか)の珠(たま)と我勝(われがち)に奪い合っている。
「壮(さか)んなものだ」と宗近君は大いに御意(ぎょい)に入った。
「夢窓国師とどっちがいい」
「夢窓国師よりこっちの方がえらいようだ」
 船頭は至極(しごく)冷淡である。松を抱く巌(いわ)の、落ちんとして、落ちざるを、苦にせぬように、櫂を動かし来り、棹(さお)を操(あやつ)り去る。通る瀬はさまざまに廻(めぐ)る。廻るごとに新たなる山は当面に躍(おど)り出す。石山、松山、雑木山(ぞうきやま)と数うる遑(いとま)を行客(こうかく)に許さざる疾(と)き流れは、船を駆(か)ってまた奔湍(ほんたん)に躍り込む。
 大きな丸い岩である。苔(こけ)を畳む煩(わずら)わしさを避けて、紫(むらさき)の裸身(はだかみ)に、撃(う)ちつけて散る水沫(しぶき)を、春寒く腰から浴びて、緑り崩(くず)るる真中に、舟こそ来れと待つ。舟は矢(や)も楯(たて)も物かは。一図(いちず)にこの大岩を目懸けて突きかかる。渦捲(うずま)いて去る水の、岩に裂かれたる向うは見えず。削(けず)られて坂と落つる川底の深さは幾段か、乗る人のこなたよりは不可思議の波の行末(ゆくえ)である。岩に突き当って砕けるか、捲(ま)き込まれて、見えぬ彼方(かなた)にどっと落ちて行くか、――舟はただまともに進む。




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水はごうと鳴る




「当るぜ」と宗近君が腰を浮かした時、紫の大岩は、はやくも船頭の黒い頭を圧して突っ立った。船頭は「うん」と舳に気合を入れた。舟は砕けるほどの勢いに、波を呑(の)む岩の太腹に潜(もぐ)り込む。横たえた竿は取り直されて、肩より高く両の手が揚(あ)がると共に舟はぐうと廻った。この獣奴(けだものめ)と突き離す竿の先から、岩の裾(すそ)を尺も余さず斜めに滑って、舟は向うへ落ち出した。
「どうしても夢窓国師より上等だ」と宗近君は落ちながら云う。
 急灘(きゅうなん)を落ち尽すと向(むこう)から空舟(からふね)が上(のぼ)ってくる。竿も使わねば、櫂は無論の事である。岩角に突っ張った懸命の拳(こぶし)を収めて、肩から斜めに目暗縞(めくらじま)を掠(から)めた細引縄に、長々と谷間伝いを根限り戻り舟を牽(ひ)いて来る。水行くほかに尺寸(せきすん)の余地だに見出(みいだ)しがたき岸辺を、石に飛び、岩に這(は)うて、穿(は)く草鞋(わらんじ)の滅(め)り込むまで腰を前に折る。だらりと下げた両の手は塞(せ)かれて注(そそ)ぐ渦の中に指先を浸(ひた)すばかりである。うんと踏ん張る幾世(いくよ)の金剛力に、岩は自然(じねん)と擦(す)り減って、引き懸けて行く足の裏を、安々と受ける段々もある。長い竹をここ、かしこと、岩の上に渡したのは、牽綱(ひきづな)をわが勢に逆(さから)わぬほどに、疾(と)く滑(すべ)らすための策(はかりごと)と云う。




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船頭は「うん」と舳に気合を入れた




「少しは穏(おだや)かになったね」と甲野さんは左右の岸に眼を放つ。踏む角も見えぬ切っ立った山の遥(はる)かの上に、鉈(なた)の音が丁々(ちょうちょう)とする。黒い影は空高く動く。
「まるで猿だ」と宗近君は咽喉仏(のどぼとけ)を突き出して峰を見上げた。
「慣(な)れると何でもするもんだね」と相手も手を翳(かざ)して見る。
「あれで一日働いて若干(いくら)になるだろう」
「若干になるかな」
「下から聞いて見(み)ようか」
「この流れは余り急過ぎる。少しも余裕がない。のべつに駛(はし)っている。所々にこう云う場所がないとやはり行かんね」
「おれは、もっと、駛りたい。どうも、さっきの岩の腹を突いて曲がった時なんか実に愉快だった。願(ねがわ)くは船頭の棹(さお)を借りて、おれが、舟を廻したかった」
「君が廻せば今頃は御互に成仏(じょうぶつ)している時分だ」
「なに、愉快だ。京人形を見ているより愉快じゃないか」
「自然は皆第一義で活動しているからな」
「すると自然は人間の御手本だね」
「なに人間が自然の御手本さ」
「それじゃやっぱり京人形党だね」
「京人形はいいよ。あれは自然に近い。ある意味において第一義だ。困るのは……」
「困るのは何だい」
「大抵困るじゃないか」と甲野さんは打ち遣(や)った。
「そう困った日にゃ方(ほう)が付かない。御手本が無くなる訳だ」
「瀬を下って愉快だと云うのは御手本があるからさ」
「おれにかい」
「そうさ」
「すると、おれは第一義の人物だね」
「瀬を下ってるうちは、第一義さ」
「下ってしまえば凡人か。おやおや」
「自然が人間を翻訳する前に、人間が自然を翻訳するから、御手本はやっぱり人間にあるのさ。瀬を下って壮快なのは、君の腹にある壮快が第一義に活動して、自然に乗り移るのだよ。それが第一義の翻訳で第一義の解釈だ」
「肝胆相照(かんたんあいて)らすと云うのは御互に第一義が活動するからだろう」
「まずそんなものに違(ちがい)ない」
「君に肝胆相照らす場合があるかい」
 甲野さんは黙然(もくねん)として、船の底を見詰めた。言うものは知らずと昔(むか)し老子が説いた事がある。
「ハハハハ僕は保津川(ほづがわ)と肝胆相照らした訳だ。愉快愉快」と宗近君は二たび三たび手を敲(たた)く。




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「まるで猿だ」と宗近君は咽喉仏(のどぼとけ)を突き出して峰を見上げた   前を行く舟



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「あれで一日働いて若干(いくら)になるだろう」   トロッコ列車が見物



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「瀬を下って愉快だと云うのは御手本があるからさ」   続く舟




 乱れ起る岩石を左右にる流は、抱(いだ)くがごとくそと割れて、半ば碧(みど)りを透明に含む光琳波(こうりんなみ)が、早蕨(さわらび)に似たる曲線を描(えが)いて巌角(いわかど)をゆるりと越す。河はようやく京に近くなった。
「その鼻を廻ると嵐山(らんざん)どす」と長い棹(さお)を舷(こべり)のうちへ挿(さ)し込んだ船頭が云う。鳴る櫂(かい)に送られて、深い淵(ふち)を滑(すべ)るように抜け出すと、左右の岩が自(おのずか)ら開いて、舟は大悲閣(だいひかく)の下(もと)に着いた。




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舟は大悲閣の下に着いた




 二人は松と桜と京人形の群(むら)がるなかに這(は)い上がる。幕と連(つら)なる袖(そで)の下を掻(か)い潜(く)ぐって、松の間を渡月橋に出た時、宗近君はまた甲野さんの袖をぐいと引いた。




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もどり船



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渡月橋




 赤松の二抱(ふたかかえ)を楯(たて)に、大堰(おおい)の波に、花の影の明かなるを誇る、橋の袂(たもと)の葭簀茶屋(よしずぢゃや)に、高島田が休んでいる。昔しの髷(まげ)を今の世にしばし許せと被(かぶ)る瓜実顔(うりざねがお)は、花に臨んで風に堪(た)えず、俯目(ふしめ)に人を避けて、名物の団子を眺(なが)めている。薄く染めた綸子(りんず)の被布(ひふ)に、正しく膝を組み合せたれば、下に重ねる衣(きぬ)の色は見えぬ。ただ襟元(えりもと)より燃え出ずる何の模様の半襟かが、すぐ甲野さんの眼に着いた。
「あれだよ」
「あれが?」
「あれが琴(こと)を弾(ひ)いた女だよ。あの黒い羽織は阿爺(おやじ)に違ない」
「そうか」
「あれは京人形じゃない。東京のものだ」
「どうして」
「宿の下女がそう云った」
 瓢箪(ひょうたん)に酔(えい)を飾る三五の癡漢(うつけもの)が、天下の高笑(たかわらい)に、腕を振って後(うし)ろから押して来る。甲野さんと宗近さんは、体(たい)を斜めにえらがる人を通した。色の世界は今が真(ま)っ盛(さか)りである。




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嵐山の船着場からJR嵯峨嵐山駅までを歩く 折しもぼたん雪が舞う



2011年3月10日

文 夏目漱石 『虞美人草』 、 吾輩
写 北山雅治
編 吾輩
出演 船頭 だんちゃん、影武者サトシ







関連

京都漱石の會
http://kyotososeki.at.webry.info/

虞美人草 「京都漱石の會」会報 《第7号》
http://kyotososeki.at.webry.info/201105/article_1.html

ようこそ保津川下りHP(保津川遊船企業組合)
http://www.hozugawakudari.jp/

夏目漱石 虞美人草@青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/761_14485.html




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