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zoom RSS 御池大橋西詰の漱石句碑を訪れる

<<   作成日時 : 2011/10/28 20:51   >>

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御池大橋西詰にある漱石の生誕100周年を記念して建立された句碑を訪れた。


漱石が大正時代、宿泊中に看病してくれた祇園のお茶屋の女将磯田多佳女に送った「春の川を 隔てゝ 男女哉」という句が刻まれている。



さっそく写真撮影。



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 木屋町に宿をとりて 川向の 御多佳さんに

 春の川を 隔てゝ 男女哉

 漱石



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句碑を紹介する銘板は平成二十年(2008年)四月に京都漱石の會が建立寄贈した。



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夏目漱石の句碑

  木屋町に宿をとりて川向の御多佳さんに
春の川を 隔てゝ 男女哉      漱石

 句碑は昭和四十一年(一九六六)十一月、「漱石会」が明治の文豪夏目漱石(一八六七〜一九一六)の生誕百年を記念して、句にゆかりの現地に建てた。
 漱石は、生涯、四度にわたって京都を訪れた。最初は明治二十五年(一八九二)七月、友人で俳人の正岡子規とともに。二度目は明治四十年(一九〇七)春、入社した朝日新聞に『虞美人草』を連載するためで、三度目は二年後の秋、中国東北部への旅の帰路であり、四度目は大正四年(一九一五)春、随筆『硝子戸の中』を書き上げた直後であった。
 このとき、漱石は、画家津田青楓のすすめで木屋町御池の旅館「北大嘉」に宿泊、祇園の「大友」の女将磯田多佳女と交友をもつが、ある日、二人の間に小さな行き違いが起こる。漱石は、木屋町の宿から鴨川をへだてた祇園の多佳女を遠く思いながら発句を送った。句碑にある句である。
 この銘板は、平成十九年(二〇〇七)十月、京都での漱石を顕彰する「京都漱石の會」(代表・丹治伊津子)が発足したのを機に建てた。
 平成二十年(二〇〇八)四月
              京都漱石の會
              京 都 市


Soseki's Stone Monument

Having taken lodging in Kiyamachi, I now long for Taka, who remains on the opposite bank of the river.
We are a man and woman separated by a river in spring. -- Soseki

This stone monument was created in November 1966 to commemorate the 100th birthday of Natsume Soseki (1867-1916), the great literary figure of the Meiji Era.
Soseki visited Kyoto four times in his lifetime. His first visit took place in July 1892 with his friend Masaoka Shiki, a haiku poet.
On his second visit in the spring of 1907, Soseki serialized the novel Gubijinso ("The Poppy") in the Asahi Shimbun, his employer at the time. He visited again in autumn two years later on his return from northeastern China. His fourth and final visit took place in the spring of 1915, soon after he had finished his essay Garasudo no Uchi ("Inside My Glass Doors").
On this final visit, Soseki lodged at the Kitanotaiga Hotel in Oike-Kiyamachi, on the recommendation of the painter Tsuda Seifu. At the time, he was pursuing a friendship with Taka Isoda, the madam of Daitomo, a teahouse in the Gion district.
One day, the two had a slight falling out. Soseki wrote a poem while thinking about Taka, who remained in Gion, across the Kamogawa River. This is the poem inscribed on the nearby stone, which is transated above.
This panel was erected to mark the establishment of the Kyoto Soseki Society (represented by Ms. Itsuko Tanji), which commemorates Soseki's visit to Kyoto in October 2007.
      Kyoto Soseki Society
      Kyoto City
           April 2008




 2011年10月28日
 京都市中京区



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