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zoom RSS a stone tablet 長野漱石会が夏目漱石、善光寺参詣100年を記念して句碑を建立

<<   作成日時 : 2011/11/25 18:19   >>

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1911(明治44)年6月17日、夏目漱石は信濃教育会の招きで妻に伴われ、上野から列車で9時間かけて信州長野を訪れ、翌18日に善光寺を参詣後、長野市内の長野県会議事院で「教育と文芸」と題して1400人を前にして講演した。

危篤に陥るほどの大病(修善寺大患)から回復した翌年で44歳だった。


  教育と文芸 夏目漱石 (青空文庫)
  http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/778_13563.html



長野県内の漱石ファンなどでつくる「長野漱石会」は、10月26日、漱石の句碑を善光寺境内、本堂の東側に建立し、30日に奉納式・除幕式が開かれた。



句碑に彫られた句は、修善寺大患直後の1910(明治43)年9月に詠まれた句。


生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉

日記(9月24日)



句碑は黒御影石で、大きさは漱石の身長に合わせ、高さ約1.6メートル、幅約50センチ。書は長野市の書家、川村龍洲(りゅうしゅう)さんが担当された。



引き続き、善光寺事務局講堂で記念講演会が開催され、丹治伊津子・京都漱石の會代表と平岡敏夫・筑波大名誉教授が講演された。



  信毎Web(信州毎日新聞)の報道


夏目漱石、善光寺参詣100年で記念句碑 信毎Web [10月27日(木)]

 夏目漱石(1867〜1916年)が善光寺(長野市)に詣でて、ことし100年を迎えるのを記念し、県内の漱石ファンでつくる「長野漱石会」が26日、漱石の句碑を同寺境内に建てた。30日に奉納式・除幕式を現地で開く。

 「漱石研究年表」(集英社)などによると、1911(明治44)年6月17日、漱石は信濃教育会の招きで信州を訪れ、翌18日に善光寺を参詣。その後、長野市内で「教育と文芸」と題して講演した。

 句碑の場所は本堂の東側。「生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉(とんぼ)」の句が彫られている。長野漱石会の永井貞寿代表(73)=千曲市稲荷山=によると、漱石が1910(明治43)年8月に療養で訪れた伊豆の修善寺で大量に吐血した後に詠んだ句という。

 句碑は黒御影石で、高さ約1・6メートル、幅約50センチ。漱石の身長に合わせたという。書は長野市篠ノ井布施高田の書家、川村龍洲(りゅうしゅう)さん(65)が担当。永井代表は「夏目家発祥の地は長野市篠ノ井川柳地区と伝わっている。ゆかりのある信州で漱石ファンを増やしたい」とする。

 奉納式・除幕式は午前10時45分から。午後1時から善光寺事務局講堂で記念講演会があり、京都漱石の会の丹治(たんじ)伊津子代表や、平岡敏夫・筑波大名誉教授が話す。夏目家の子孫らによる座談会もある。入場無料。




漱石句碑除幕式の動画がYouTubeで公開されている。


  夏目漱石句碑除幕式@YouTube
  http://www.youtube.com/watch?v=cDw9YnwrE5Y&feature=player_embedded

  夏目漱石句碑除幕式
  http://wakatuki.naganoblog.jp/e862398.html


なお、「長野漱石会」は、漱石の講演からちょうど100年になる2011年6月18日に設立された。

長野漱石会の永井貞寿代表は京都漱石の會会員です。



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